財務相も本心では増税延期派〔PHOTO〕gettyimages
誰も負担に耐えられない
「消費税の話になると、安倍晋三総理は途端に奥歯に物のはさまったような話し方になります。ホンネでは'17年4月に予定されている8%から10%への増税を再延期したいのでしょう」
こう語るのは全国紙政治部記者。消費増税再延期というテーマが、'16年に大きな論争を呼びそうだ。第一生命経済研究所の主席エコノミスト永濱利廣氏も、増税延期の可能性があると見る。
「軽減税率適用の範囲をめぐって、与党内でも相当揉めています。自民党と公明党のあいだで軽減税率の合意が難しいと、いっそのこと増税を延期してしまおうというムードになるかもしれない」
そもそも、日本経済は、さらなる消費増税に耐えられるような状況ではない。'14年の消費増税の際、予想以上に景気が落ち込んでしまったことは記憶に新しい。
当時はまだ海外投資家からもアベノミクスへの信認があったし、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のような機関投資家が株価を買い支える余力も大きかった。だが来年にはそのようなビッグマネーが日本経済を下支えしてくれる可能性はない。
来年7月には参議院選挙も控えている。参院選で圧勝し、悲願の憲法改正をなしとげたい安倍総理が、景気減速の引き金になる消費増税を封印したいと考えるのは自然なことだ。
「一部では、安倍総理が参院選前に衆議院も解散し、消費増税再延期を打ち出して衆参ダブル選の賭けに出るかもしれないという憶測も流れています。日銀や財務省は、総理が消費増税に消極的なことを察知し、警戒心を強めている」(前出の政治部記者)
先日も、官邸サイドと日銀・財務省の亀裂が垣間見える瞬間があった。麻生太郎財務相が、10月23日、閣議後の記者会見で「物価上昇を金融でやれる範囲は限られている。世の中にはおカネではなく、需要がない」と述べたのだ。
日銀の金融政策には、もはや効果がないという意味にも取れる財務相の発言は、官邸サイドがこれ以上の物価上昇を望んでいないことの証拠だ。アセットベストパートナーズのエコノミスト中原圭介氏が解説する。
「政権交代当初は『アベクロ経済』といわれるほど、安倍総理と黒田東彦日銀総裁の歩調はぴったり合っていました。
ところが今年の9月に発表された、第二次アベノミクスの三本の矢には、金融政策の文字はなかった。金融緩和をして円安に誘導したところで、食料品などの物価が上がるばかりで、実質賃金は増えないと気付いた官邸は、もはや日銀主導の経済政策では国民の理解を得られないと考えているのです」
アベクロ理論はウソだった
事実、金融緩和によって経済の底上げを図るという第一次アベノミクスの化けの皮は、はがれつつある。
名目賃金から物価上昇の影響を除いた実質賃金は'10年を100とした場合、'12年に99・2、'13年には98・3、'14年には95・5と急速に下がり続けている。また、前述した通り、GDPも2四半期連続のマイナスでリセッション入りする可能性が高い。
金融緩和で円安になれば輸出が増えて、大企業が儲かる。徐々に国民全体の賃金も増えて、消費が刺激されるというのがアベクロ経済の基本理論だった。
だが、ふたを開けてみれば、円安によって輸入価格が上がり、物価上昇は見られたものの、企業の賃上げペースはまったく追いついていない。三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査部長、鈴木明彦氏が解説する。
「日本の景気回復は前回の消費増税があった'14年春に終了していたというのが、私の見方です。
増税に加えて、さらに根源的な問題として輸出が伸びていません。輸出競争力の低下に海外景気の減速も加わり、円安で輸出金額が増えても輸出数量は増えない。これでは景気回復のエンジンが動くはずがない」
消費税を8%から10%へ引き上げると6兆円もの増税になる。'16年の世界経済がふるわないことは確実。そんなときに「財政再建」というお題目のために消費増税を強行すれば、日本発の大恐慌だって起こりかねないのだ。間違いなく日本の景気は腰折れするだろう。
元財務官僚で嘉悦大学教授の高橋洋一氏も、消費増税は現実的には不可能だと見ている。
「打つ手と言えば、日銀が向こう3ヵ月くらいで若干の金融緩和を行い、政府が年明けに景気対策の補正予算を組むくらいしかない。それですぐさま物価が上昇したり、実感できるほど景気が回復したりすることはないでしょう」
仮にさらに大規模な補正予算が組まれたとしても、人手不足が深刻化している現在の日本では、公共事業が消化しきれないので、その効果は限定的。
消費税10%という日銀や財務省の悲願は、'16年に露と消えることになる。国民にとっては、悪い話ではないが。
「週刊現代」2015年11月14日号より
【お金は知っている】財務省の“大嘘”を衝いた新浪氏 「再増税不可欠」の論拠吹き飛ばす
「大きな嘘でも頻繁に繰り返せば真実になる」(ナチス・ドイツの宣伝相、ゲッベルス)。
日本では、財務省が繰り返す「税収の弾性値1」なるものがそうだ。経済の名目成長率1に対して税収が何倍増えるかというのが弾性値で、1では、名目成長率と同じ伸び率でしか税収は増えない。たかが数字というなかれ、実は日本経済という巨船の航路を左右する羅針盤も同然である。
財務省は弾性値1を、財政再建のためには緊縮財政が欠かせないという論拠とし、歴代の政権にデフレ下の緊縮財政を呑ませた。デフレの進行とともに税収が激減し、財政収支が悪化すると、消費税増税を仕掛け、アベノミクスで好転しかけた景気を再びマイナス成長に陥れた。
財務省はこの2月に内閣府が発表した「中長期の経済財政に関する試算」でも弾性値1を基準とした。
高めの経済成長率を維持しても消費税率を10%超に引き上げない場合、財政収支均衡は困難という結論を導いている。性懲りもない日本自滅のシナリオである。
弾性値1の根拠は薄弱きわまりない。景気が回復し始めた13年度の弾性値は3・8に達する。
岩田一政日本経済研究センター理事長を座長とする内閣府の研究会は11年に01~09年度の弾性値が平均で4を超えるという分析結果をまとめた。
日本では、財務省が繰り返す「税収の弾性値1」なるものがそうだ。経済の名目成長率1に対して税収が何倍増えるかというのが弾性値で、1では、名目成長率と同じ伸び率でしか税収は増えない。たかが数字というなかれ、実は日本経済という巨船の航路を左右する羅針盤も同然である。
財務省は弾性値1を、財政再建のためには緊縮財政が欠かせないという論拠とし、歴代の政権にデフレ下の緊縮財政を呑ませた。デフレの進行とともに税収が激減し、財政収支が悪化すると、消費税増税を仕掛け、アベノミクスで好転しかけた景気を再びマイナス成長に陥れた。
財務省はこの2月に内閣府が発表した「中長期の経済財政に関する試算」でも弾性値1を基準とした。
高めの経済成長率を維持しても消費税率を10%超に引き上げない場合、財政収支均衡は困難という結論を導いている。性懲りもない日本自滅のシナリオである。
弾性値1の根拠は薄弱きわまりない。景気が回復し始めた13年度の弾性値は3・8に達する。
岩田一政日本経済研究センター理事長を座長とする内閣府の研究会は11年に01~09年度の弾性値が平均で4を超えるという分析結果をまとめた。
ソース: http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20150612/ecn1506121550001-n1.htm
ところが、当時の民主党政権は報告書をお蔵入りにして、消費税増税へと突っ走った。
財務官僚の「大嘘」に対しては、日経新聞など御用メディアや東大有名教授などが疑いもしない。
政治家多数も鵜呑みにする。財務官僚が登場しなくても、仕組まれた嘘の情報が報道などを通じてそのまま国民に対して流されるので、「真実」となる。筆者は宍戸駿太郎筑波大学名誉教授などとともに、4、5年前から「狂った羅針盤」だと政府に是正を求めてきたが、メディアは同調せず、多勢に無勢だった。
ところが、ここへきて初めて正論が安倍晋三首相の膝元で飛び出した。
経済財政諮問会議メンバーの新浪剛史サントリーホールディングス社長が、6月1日の同会議で、「過去の税収弾性値をみても、経済安定成長期は少なくとも1・2から1・3程度を示している。今までの中長期見通しではこれを1・0と置いていた。これは保守的過ぎるため、弾性値を1・2から1・3程度にすることが妥当である」(同会議議事要旨から)と言い放ったのだ。
上記の岩田氏らの弾性値に比べると、ずいぶん控えめな数値だが、絶対視されてきた財務省の弾性値を吹っ飛ばしたという点で、まずは画期的である。
「1・3」の威力はかなりある。弾性値1・3を当てはめると、2017年度に予定している消費税率10%に引き上げなくても、23年度には消費税増税したケースよりも一般会計税収が上回る試算結果が出る。
財務官僚がひた隠しにしてきた経済成長なくして財政健全化なしという、当たり前の真実がようやく明るみに出たのだ。
(産経新聞特別記者・田村秀男)
消費税増税を延期しなければ
この国は瓦解していた
『日本経済はなぜ浮上しないのか』著者・片岡剛士氏インタビュー
急転直下の解散劇――7~9月期の実質GDP速報値の発表をきっかけに、突然吹き始めた「解散風」に慌てるニュースや新聞各紙。おそらく誰にとっても、消費税再増税の延期と解散総選挙は想定外のことだったに違いない。また、大方のエコノミストにとって「2期連続マイナス成長」という事態も、明らかに想定外だっただろう。
二つの想定外の直前、11月10日に刊行された『日本経済はなぜ浮上しないのか アベノミクス第2ステージへの論点』(幻冬舎)では、再増税を延期しないと日本経済は再び低迷してしまうことと、2014年度のマイナス成長もありうることが明確に指摘されていた。さらに必要とされる追加の金融緩和についても、10月末に発表された日銀の追加緩和とほぼ同じ規模で提案されている。
「大義なき総選挙」を控えて、現在の日本経済と政局をどう見ればいいのか。著者、片岡剛士氏の冷静な分析から、現実解を探ってみたい。(聞き手/柳瀬徹)
まさかの「マイナス成長」はなぜ起こったのか
―― 刊行直後の11月17日に発表された7~9月期の実質GDP速報値は、対前期比成長率0.4%、年率換算で-1.6%という衝撃的な数字でした。
『日本経済はなぜ浮上しないのか』では「2014年度の実質GDP成長率はゼロ成長の可能性が高い」「在庫増の悪影響(…)を考慮に入れれば、マイナス成長も十分にありえる」(157ページ)と試算をもとに予想されていましたが、その悲観的な読みすらも下回る推計が出てしまいました。
そこからばたばたと政局が進行し、再増税の延期と、「アベノミクスの是非を問う」という触れ込みの解散総選挙が決まりました。帯には「消費税増税でこの国は瓦解する。」とありますが、なんとか「瓦解」は回避できたと考えていいのでしょうか?