120円近い円安は本当に円安なのか?
為替相場に一喜一憂しない
付加価値と生産性を実現せよ
120円に近づくような円安が進行している。そして、現状のような円安は経済や企業収益にむしろ悪影響が大きいとの声も挙がっている。確かに、本来円安であれば輸出増で潤うはずの製造業でも、価格転嫁が仕入れ価格の上昇に追いつかず、収益が悪化している企業がある。
また、家計にとっても、円安で輸入物価が上昇することは打撃となる。さらに、輸入額が輸出額を上回る現状では、円安は景気に好影響よりも悪影響を与えかねないようにも見える。
しかし、円安で悪影響があると言っても、一方で円安がプラスに効く企業が多いことも事実である。そもそも、円安か円高かは企業や家計の損得だけで決まるものでもない。史上最大の貿易赤字が続くなど日本経済の稼ぐ力が落ちている中では、そもそも120円に近い円安が本当に円安なのかも問われなければならない。
実質実効為替相場ではかなりの円安
円安にもかかわらず製造業中小企業の収益が悪化しているのは、法人企業統計からも確認できる。この1年あまりの景気回復で主要業種とも業績は改善しているが、小規模中小企業では電気機械器具製造業などが赤字となっており、本来円安で潤うはずの輸出関連産業でも円安による原材料費上昇に価格転嫁が追いついていない様子が見て取れる(図表1)。
【図表1】業種別売上高経常利益率
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しかし、円安の影響を見る場合、円安をその進展の早さと水準とに分けてみなければならない。円安の進み方が早いと、価格転嫁が追いつかず、輸出産業でも収益が悪化する要因ともなる。今回の円安はこれに該当する。しかし、為替水準が安定すれば、円安は輸出産業全体にプラス効果をもたらす。
また、円安水準だが、現在の水準はリーマンショック前の水準に戻った程度であり、際立った円安水準とは言えない。また、対GDP比で見れば、最近の日本ではアメリカに近接するような巨額の貿易赤字が継続しており(図表2)、通貨安・通貨高要因となる金利が円の場合日米欧で最も低い水準にあることからも円安に過ぎるとは言い切れない。
【図表2】日米:貿易収支対GDP比の推移
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円安に過ぎるとの見方が出てくるひとつの理由は、主要通貨全体に対する円相場の実質的な水準を示す実質実効為替レートが大きく円安に動いていることである(図表3)。この間、物価差を勘案しない名目実効為替レートは円高に動いているので、日本がデフレであったことが最大の要因である。
【図表3】日本:実効為替レートの推移
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もっとも、製造業の空洞化が2012年にかけて進んだことから、いくら実質的には円高水準ではなかったと言っても企業が万全に対応できてきたとは言い難い。それは、デフレや低成長の要因も大きいとはいえ、いままで企業の売上や収益が伸び悩んできた状況を見るに、企業が生産性向上や技術革新などで収益力と国際競争力を維持向上させながら円高を克服してきたようには見えないということである。
130円で日米消費者物価は同水準
もうひとつ、現在の水準が円安に過ぎるとの見方では、輸入物価上昇で家計が打撃を受けることが挙げられる。ちなみに、最近の物価上昇は、消費税引き上げの影響を除くと、ほとんどが円安とエネルギー価格上昇で説明できる(図表4)。
【図表4】消費者物価(除く消費税要因)の推計
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そして、図表4で示されているように、105円の場合と比べると、120円の円安水準では消費者物価は最終的に1.0%ほど上昇すると推計される。その分家計の実質的な購買力は減じることになるが、なかなか所得が上がらない中で、物価上昇が好ましくないことは言うまでもない。
しかし、円安による物価高は好ましいことではないとしても、その中には行き過ぎとまでは言えない物価上昇と家計購買力の調整が入っていると計算されるものもある。そのひとつが、購買力平価で見た円ドル相場の評価である。
購買力平価とは、自国と外国との物価を同じくする為替相場のことであり、円ドル相場については、73年時点を基準として、日米物価が同じとなる現在の水準をいくつかの種類の物価指数を使って計算できる(図表5)。家計に直接関係する消費者物価で計算すると、円ドル相場の水準は130円ほどとなる。
【図表5】円ドル相場(購買力平価ベース)の推移
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もちろん、購買力平価は計算上のものであり、実感と一致するとは限らない。何より、73年時点の円ドル相場が日米物価を均衡させていたと仮定した計算であり、円ドル相場の購買力平価の計算には日米で販売されている同じハンバーガーの価格を比較するなどやり方は複数ある。
しかし、この結果から言えることは、現在の120円に近づいている円ドル相場は73年時点と比べれば実質的にはなお円高だということである。それは、現状までの円安で今後輸入物価が上昇しても、まだアメリカの物価水準よりは割安とも見られるということである。
付加価値向上が決め手
現在の120円に近い円ドル相場の水準は多様な側面から見ることができる。そして、現在の巨額の貿易赤字や空洞化が進む製造業の実態などからすれば、現状程度の円ドル水準を円安に過ぎるとは言い難い。
しかし、結局のところ、いくら現状の為替相場が適正あるいは過大な円安・円高ではないと計算されても、企業や家計ひいては日本経済が疲弊するようでは、好ましい水準とは言えない。そして、家計にとっては輸入物価を引き下げる円高が好ましく、輸出企業にとっては十分な輸出競争力がつく円安が望ましい。
一方、為替相場の水準で一喜一憂するようでは、持続的な安定成長の実現がおぼつかないのも事実であろう。円高が望ましいとしても、それがさらなる産業空洞化と失業増を招くものであっては、日本経済の実力から見て相応しくない。
逆に、円安が望ましいとしても、それが日本として低生産性をドル換算した低賃金で補い、主として安値で輸出競争力を維持することを意味しているようでは先進国として情けない。ちなみに、日本の一人当たり給与・報酬額(雇用者報酬)は、ドル換算で2012年にはアメリカの8割強あったが、2013年分を120円でドル換算すると5割強に低下し、イタリア、スペインより低くなる(図表6)。
【図表6】一人当たり給与・報酬額の国際比較
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大事なことは、円安円高に一喜一憂するのではなく、産業競争力をつけることにある。それは、もっと付加価値がつくようにイノベーションを推進し、生産性を上げて円安でなくても産業競争力が発揮できるようにすることである。そして、このことは賃金増で輸入物価上昇に打ち勝つ家計購買力の向上が実現することに他ならない。