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【救いようのないバ韓国アンケート】 2人に1人「日本は敵」、安倍「最悪」、習近平「好感」~韓国は経済的に日本と同等、中国より上との回答多数

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【韓国アンケート】
2人に1人「日本は敵」
安倍「最悪」習近平「好感」
韓国は経済的に日本と同等
中国より上との回答多数
イメージ 1


韓国が‘空気’に流されず隣国の中国と日本を十分に理解できるか否かは韓国の国益と未来を左右する。しかし、今の韓国は冷静に言って日本はもちろん中国もちゃんと把握できずにいるようだ。経済発展や政治民主化、国際化により「以前の韓国とは違う。視野が広くなったしバランス感覚をよく維持している」と考えやすいのも‘罠’だ。 

32年間、韓国と中国を見守った日本外交官が出した本「韓国人だけが知らない日本と中国」の一節だ。著者の道上尚史氏は「事実とは違うイメージが一つ二つ積もって知らぬうちに‘固定観念’あるいは‘無力感’に固まって外交・安保に影響を及ぼすことになる」と批判しながら「日本と中国を直視する必要がある」と指摘した。 

韓国人は隣国とどんな関係と考えるだろうか。‘新東亜’は創刊85周年をむかえて隣国を直視するための努力の一環として中国と日本に対する韓国人の認識を調べてみた。標本調査はオン・オフラインリサーチ企業‘エム・ブレーン’が担当し、20才以上の全国男女1000人が9月27、28両日に参加した。(20~29才/30~39才/40~49才/50才以上、男女集団別各125人同数)。 
(中略) 

まず日本に対する認識から調べよう。最近、700万人を動員した映画‘密偵’は日帝強制占領期に義烈団が主要施設を破壊する爆弾を京城に持ってくる話だ。昨年、1200万人を動員した映画‘暗殺’のあらすじも大韓民国臨時政府が暗殺作戦を行う設定だ。この様な映画が大衆にアピールするのは時代精神が昔も今も似ている証拠ではないだろうか。 

実際に回答者の多数は日本を「友人でも敵でもない」(48.9%)と答えたが、「非常に悪い敵」(7.8%)、「おおむね敵」(37.3%)という認識が友人という認識より多かった。二人に1人は日本を敵と感じているわけだ。韓日関係の現住所を訊ねると「おおむね悪い」(80.2%)、「非常に悪い」(6.0%)という意見が「おおむね良い」(13.7%)、「非常に良い」(0.1%)よりはるかに多かった。 
(中略:アンケート結果詳細) 

日本の安倍晋三総理に対する韓国人のイメージは‘最悪’だった。「非常に悪いイメージを持っている」(46%)、「おおむね悪いイメージを持っている」(50.3%)で10人中9人ほどが否定的な認識を示した。反面、中国の習近平国家主席については好感の方が多かった。「おおむね良いイメージを持っている」(58.2%)、「非常に良いイメージを持っている」(1.4%)が「おおむね悪いイメージを持っている」(37.7%)「非常に悪いイメージを持っている」(2.7%)より多かった。 

日本と韓国の経済力差はどの程度かという質問には「韓国が少し遅れている」(53.1%)「似ている」(11.8%)と答えて10人中6人が韓日の経済は似ていると把握していた。また、日本と韓国の消費など日常生活で経済力差はどれくらい発生するかとの問いに回答者の70%(「韓国が少し遅れる」43.9%+「似ている」26%)が両国の経済力差があまりないと判断した。 

中国と韓国の経済力差に関する認識を訊ねると「韓国が少し先んじる」(34.9%)という回答が「韓国が少し遅れる」(23.8%)、「似ている」(22.6%)「韓国がはるかに遅れる」(13.9%)、「韓国がはるかに先んじる」(4.8%)という回答より多かった。中国と韓国の消費など日常生活の経済力差を訊ねた質問については「韓国が少し先んじる」(51.4%)という回答が半分に達した。 

他の質問はさておき、このような経済的な質問結果だけみれば私たちは日本と中国をちゃんと直視できていない。GDP(国内総生産)だけ見ても中国は韓国の9倍、日本は韓国の3.5倍に迫る。2016年国際通貨基金(IMF)に掲示された各国のGDP情報によれば日本は世界3位(4兆4126億ドル)、中国は世界2位(11兆3830億ドル)、韓国は世界11位(1兆3212億ドル)だ。 

この文の冒頭で言及した日本外交官が「実状と外れた中国観と日本観は韓国外交に徐々に害を及ぼしている」という批判を十分に考慮すべきだ。現実と認識の間の乖離は小さくない。 

index

ソン・ホングン記者、イ・ヘミン記者 ソース:新東亜(韓国語) 2人中1人‘日本は敵’安倍‘最悪’、習近平‘好感’ 
http://shindonga.donga.com/3/all/13/766996/1 


3<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/2016/10/31(月) 13:23:59.89 ID:gAZNJ/Dp.net
救いのない馬鹿だと再認識できた 


4<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/2016/10/31(月) 13:24:18.54 ID:6Z3V1JGQ.net
凄い認識だな(笑) 
まるで現実が見えてねえ 


13<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@\(^o^)/2016/10/31(月) 13:26:44.57 ID:iUogDlIG.net
日本の5分の1の経済しかない分断国家なのに同等とかww 
事大主義の小中華自慢なのに宗主国様に勝ってるとかww 
鮮人は現実が見えないね! 

韓国併合の歴史

 日清戦争では、清に朝鮮の独立を認めさせ、1904年の日露戦争勃発時には第一次日韓協定により韓国の財政、外交に関して日本が介入することを認めさせ、日露戦争に勝利した日本は1905年に第二次日韓協定によって韓国の外交権を奪いました。ちなみに、日韓協定は、日朝協定ではないですよ。1897年の日清戦争後に国号を韓国と変えていますから。

 そして、この第二次日韓協定によって日本はソウルに
統監府(とうかんふ)というのを置き、初代統監に伊藤博文がつきました。これは、もう事実上日本が韓国の政治全般に介入することを意味しています。

 このような日本の動きに対して、アメリカはフィリピンのアメリカ支配を認める代わりに日本の韓国支配を認めるという協定を1905年に日本との間に結びます。
桂・タフト協定といって桂さんは当時の日本の首相。タフトは米陸軍長官です。

 また、ロシアも日露戦争後の
ポーツマス条約によって日本による韓国保護国化を認めざるをえなくなります。

 1907年には、この韓国の現状を世界に訴えようと
ハーグ密使事件というのがおきます。韓国皇帝がハーグの万博平和会議に密使を送り助けを求めたのです。しかし、韓国には外交権がないという理由で各国は無視。逆に日本は、この韓国の行動に対して韓国軍の解散を強制します。これが第3次日韓協定です。

 当然、このような日本の行動に韓国国内では不満を募らせる人々もおり1909年に初代統監府であった伊藤博文が韓国の
安住根(あんじゅうこん)によって暗殺されます。

 この事件の翌年の1910年には
日韓併合条約により韓国は完全に日本の植民地となり韓国併合となったのです。


呉善花「反日」という
「バカの壁」からの脱出

呉善花(評論家・拓殖大学教授)

反日への入り口


 私の幼い頃、母は戦前に父と共に日本で働いた時分の思い出をなつかしみながら、日本人への親しみを込めてしばしば語ってくれた。1960年前後のことである。私が育ったのは済州島の海村だったが、村の人で日本をことさらに悪くいう人はいなかった。村の祭りになると、私はしばしば、ムーダン(巫女)のおばさんの勧めで、母に教わったいくつかの日本語の単語を大人の前で披露してみせた。いつも拍手喝采で、ムーダンのおばさんからきまって、「よく知っているね、偉い子だね」と頭を撫でられたものである。

 それが小学校に入り、学年を重ねていくにつれて、「日本人はいかに韓国人にひどいことをしたか」と教えられていくことになる。教室の黒板の上には、真ん中に大統領の写真が掲げられ、その両脇に「反共」「反日」と大きく書かれたポスターが貼ってある。反共の「共」はそのまま北朝鮮を指し、いかに北朝鮮が邪悪で恐ろしい国なのかを教わり、その一方で日本人がいかに韓国人に対して悪いことをしたかを教わる。

 ずっと後、日本に来て知り合いになった台湾人留学生に、「こんな教育を受ければ、どんな人でも必ず反日感情をもつ」というと、「そんなことはないでしょう」という。「なぜか」と聞くと、「学校ではすさまじい反日教育を受けた一方、家庭や地域で聞くのは大部分がその反対のことばかりだったからだ」という。

 私の場合はそうではなかった。家へ帰って学校で教わったそのままに「日本人てひどい人たちなのだ」といったことを語ると、父も母も無言で応じたり、適当にあいづちを打つばかりだった。村の大人たちにしても、大方はそんなふうであった。私はそれが不満で、「お父さん、お母さんや村の大人たちは、学歴の低い田舎者だから、何もわかっていないんだ」と思うようになっていった。

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日本統治下で行われた「敬老会」。朝鮮の子供が遊戯を披露し、日本女性が朝鮮の 老人たち(写っているのは男性ばかり)に給仕している(朝鮮総督府『朝鮮事情』昭和15)
 田舎のおばさん、おじさんたちほど、反日意識が弱いのは、彼らには学がなく無知であるからだ、といういい方は一般的にもよくされていた。高い教育を受けた者ほど反日意識が高いというのが常識だった。私も、勉強をすればするほど次第に反日意識を強くもたねば、という気持ちにもなっていく。

  私は、小学校高学年あたりから、そのことで大きく迷った。

 母から聞いた日本は、叔父さんたちが住んでいて、ミカンがたわわに実り、泥棒する人もいない、しかもお風呂が普段に入れて、人は親切だという日本だった。その国の言葉をいってみせると、大人たちは「いい子だ」と拍手さえしてくれた。なぜそうなのか。「大人たちはみんな無学な田舎者なんだ。ほんとうの日本がどういう国かということを教わってこなかったんだ。だから、何もわかっていないんだ」と、きっばり意識チェンジをしていった。

私は学校教育を通して、それまで知らなかった新しい世界の見方を知ったと思った。旧世代の韓国人、旧時代の韓国との別れだった。私たち立派な知識を身に付けた新世代韓国人が、これからの新しい韓国を建設するんだ。しだいにそういう意識が芽生え、私のなかから急速に日本への親しい感情が消え去っていった。

情緒教育としての反日教育


 授業を通して、父母たちの世代は土地を収奪された、日本語教育を強制された、独立を主張して殺害された、拷問を受けた、強制徴用されたと知らされていく毎に心にやってくるのは、自分自身の身を汚されたかのような、いいようのない屈辱感であり、そこから湧き起こる「決して許せない」「この恨みは決して忘れてはならない」という、ほとんど生理的な反応といえる怒りであった。

 当時の教科書の内容は詳しく覚えていないが、基本は現在のものと大差はない。現在の国定教科書では、「[侵略戦争を遂行するために]日帝はわれわれの物的・人的資源を略奪する一方、わが民族と民族文化を抹殺する政策を実施した」として、それを「日帝の民族抹殺計画」と名付けている(「中学校国史教科書」1997年初版)。「民族抹殺」という言葉が情緒を強く刺激する。
 
日本が開設した普通学校(小学校)の朝鮮語
授業で使われた『朝鮮語読本』
 「日帝の民族抹殺計画」として挙げられているのは、内鮮一体・皇国臣民化の名の下に、韓国人を日本人にして韓民族をなくそうとした、韓国語を禁じ日本語の使用を強要した、韓国の歴史の教育を禁じた、日本式の姓と名の使用を強要した、各地に神社を建てさせ参拝させた、子供にまで「皇国臣民の誓詞」を覚えさせた、というものだ。しかし、そう列挙されているだけで具体的な内容は一切書かれていない。「高等学校国史教科書」も同じことである。そのため、強く刺激された情緒が知識の媒介をほとんど受けることなく、身体にストレートに浸透するのである。

 小学校でも同様に、日本によって民族が蹂躙された、奴隷のように扱われた、人間の尊厳に大きな傷を受けたといった形で反日教育が教室のなかで行なわれている。幼い時期はより多感なものだから、「ひどすぎる」「絶対に許せない」という思いで心がいっぱいになる。

 もちろんそれは人ごとではないからだ。同じ血を分けた韓国人であり、お父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さんたちのことだから、自分がやられたのと同じ気持ちになってくる。我が身を切り裂かれるような辛く苦しい気持ちになり、激しい怒りがこみあげてくる。そうか、日本人はそんなに「侵略的で野蛮な民族的資質」をもつ者たちかと、心から軽蔑していくことになる。

 これは歴史教育ではなく明らかな情緒教育である。歴史認識以前に、反日情緒・反日心情をしっかり持つことが目指されているのである。

(以下略)
転載元


歴史認識 韓国併合(日韓併合)の真実

韓国が反日な限り、
韓国が国民に信実を伝えない限り
日韓友好など、
千年たってもあり得ない。

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