【慰安婦問題】
慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白
「父は誤った歴史を作り出した」
韓国はいつまで慰安婦像を設置し続けるのか
大高未貴氏
慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。
朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、ジャーナリストの大高未貴氏が、月刊誌「新潮45」9月号で、吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。
「父は大変誤った歴史を作り出した」「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」などと激白する長男と、某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。
私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に興味を持っていた。
吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。
吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。
安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、
首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。
一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。
本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。
吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行ったクマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。
誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。
だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。
一体、「吉田清治」とは何者だったのか?
私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。
「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」
それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。
「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」
慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。
朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、ジャーナリストの大高未貴氏が、月刊誌「新潮45」9月号で、吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。
「父は大変誤った歴史を作り出した」「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」などと激白する長男と、某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。
私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に興味を持っていた。
吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。
吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。
安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、
首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。
一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。
本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。
吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行ったクマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。
誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。
だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。そして、名前はいくつもある。さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。
一体、「吉田清治」とは何者だったのか?
私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。
「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」
それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。
「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」
朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。
吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?
その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。
吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。
吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)
痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」
吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?
その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。
吉田氏は「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。
吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)
痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」
と当時の印象を語っている。
誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。
■大高未貴(おおたか・みき) 1969年、東京都生まれ。フェリス女学院大学卒業。ダライ・ラマ14世や、PLOの故アラファト議長などにインタビューする。著書に『ISISイスラム国残虐支配の真実』(双葉社)など。
最新号「新潮45」のリポート「『吉田清治』長男、衝撃の告白 『慰安婦像をクレーン車で撤去したい』 慰安婦問題を作った男の肖像」では、吉田氏の長男など、関係者に徹底取材して、吉田氏の知られざる“正体”に迫っている。
誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。
■大高未貴(おおたか・みき) 1969年、東京都生まれ。フェリス女学院大学卒業。ダライ・ラマ14世や、PLOの故アラファト議長などにインタビューする。著書に『ISISイスラム国残虐支配の真実』(双葉社)など。
最新号「新潮45」のリポート「『吉田清治』長男、衝撃の告白 『慰安婦像をクレーン車で撤去したい』 慰安婦問題を作った男の肖像」では、吉田氏の長男など、関係者に徹底取材して、吉田氏の知られざる“正体”に迫っている。
【 月刊誌・新潮45】
慰安婦“捏造”吉田氏は朝鮮半島のある組織に
お金を借りていたと元刑事
韓国へ入国した形跡すらなかったと吉田氏の長男
★慰安婦“捏造”吉田氏の長男が真相激白
「父は誤った歴史を作り出した」
2016.08.23
慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」
という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、
「父は誤った歴史を作り出した」
2016.08.23
慰安婦問題で、衝撃的なリポートが発表された。朝日新聞は、「慰安婦を強制連行した」
という吉田清治氏の虚偽証言を30年以上も放置し、日本と日本人の名誉と尊厳を傷付けたが、
ジャーナリストの大高未貴氏が、
月刊誌「新潮45」9月号で、
吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。
「父は大変誤った歴史を作り出した」
「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」
などと激白する長男と、
某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。
大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。
私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に
興味を持っていた。吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。
吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。
安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で
「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、
首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。
一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。
本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。
吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行った
クマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。
誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。
だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。
生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。
そして、名前はいくつもある。
さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。
一体、「吉田清治」とは何者だったのか?
私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。
最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。
「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」
それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。
「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」
「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」
朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、
吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。
著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?
その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。
吉田氏は
「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。
月刊誌「新潮45」9月号で、
吉田氏の長男のインタビューに成功したのだ。
「父は大変誤った歴史を作り出した」
「世界中の慰安婦像をクレーン車で撤去したい」
などと激白する長男と、
某国組織の関与が疑われる吉田氏の背景とは。
大高氏が、渾身リポートの一部を披露した。
私は十数年前から、日本軍による強制連行説を世界に広めた「吉田清治」という人物に
興味を持っていた。吉田証言については、現代史家の秦郁彦氏が、吉田氏が慰安婦狩りの舞台になったと証言した韓国・済州(チェジュ)島で現地調査を行い、1992年に産経新聞でその「虚偽性」を指摘している。
吉田氏も96年に週刊新潮の取材に「創作話」であったことを認めている。
安倍晋三首相も、自民党青年局長時代の97年5月27日、衆院決算委員会第二分科会で
「そもそも、この『従軍慰安婦』につきましては、吉田清治なる詐欺師に近い人物が~」と指摘し、
首相就任後の2007年3月5日、参院予算委員会でも「(吉田)証言はまったく、後にでっち上げだったことが分かったわけでございます」と答弁している。
一連の批判に耐えきれず、朝日新聞は14年になって、ようやく吉田証言を虚偽と判断し、16本の記事を撤回した。
本来ならここで終わる話だ。ところが、奇妙なことに吉田証言は生き続け、世界各国に次々と設置される慰安婦像の説明文に憑依して、国際社会で現在もなお増殖しているのだ。
吉田証言を重要な証拠として採用し、国連人権委員会で日本への非難勧告を行った
クマラスワミ報告も、外務省の申し入れにも関わらず、いまだに撤回されていない。
誤解を恐れずに言えば、吉田証言はプロパガンダとしては大成功だったのではなかろうか。
だが、このプロパガンダを行った「吉田清治」という人物の来歴は、謎に包まれたままだった。
生年も出生地も定かではなく、学歴も経歴も不明だ。
そして、名前はいくつもある。
さほど年齢も違わない朝鮮人を、何故か養子にもしている。
一体、「吉田清治」とは何者だったのか?
私は、その謎を解明したい衝動にかられ、吉田氏の長男を訪ねた。長男は関東北部の県で、質素な一人暮らしをしていた。
最初の取材で、重たい口から発せられた言葉は、以下のようなものだった。
「父が犯した慰安婦強制連行の捏造について、吉田家の長男として、日本の皆様に本当に申し訳なく思っております。できることなら、クレーン車で世界中の慰安婦像を撤去したい…」
「父の責任は重大ですが、一方で、あれだけの創作話を父1人でできるはずがありません。慰安婦問題を既成事実化したい人々の何らかの関与があったはずです」
それから、私は何度も長男のもとに取材に通った。そして、過去の記憶をたどるうちに、驚愕の事実が続々と明らかになってきた。
「父は済州島なんか行っていません。家で地図を見ながら原稿を書いていました」
「謝罪行脚のため訪韓した際、父のパスポートに入国スタンプは押されていませんでした。なぜなら…」
朝日新聞は、吉田氏の戦後の経歴を「サラリーマン」などと報じていたが、
吉田氏は人生の大半は定職につかず、その生活費は息子たちが賄っていたという。
著作、講演活動を繰り広げながら満足にお金を得ることもなく、生活は常に困窮していた。吉田氏は一体、誰のために、何のために活動してきたというのか?
その謎を解くカギの1つは、吉田家と家族ぐるみで長期にわたって付き合いがあった、神奈川県警の元刑事A氏から教えてもらった。
吉田氏は
「朝鮮半島のある組織にお金を借りていた」というのだ。
吉田氏の韓国謝罪行脚をテレビで見ていたA氏は
「正直なところ、可哀そうだなと思いました。(略)痩せちゃっているし、おびえている姿そのものでしたよ…」
と当時の印象を語っている。
誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。
と当時の印象を語っている。
誰よりも吉田氏を知る長男の告白は、ジワジワと慰安婦問題の虚構の化けの皮を剥がしてゆくこととなろう。
朝日は吉田清治の与太話を垂れ流す前に
なぜこの程度の取材すらしなかったのか?
韓国済州島の80~90のご老人「強制連行?聞いたことないよ。
何人も連れてかれたら騒ぎになるよ」
強制連行の発端となった島の証言
なぜこの程度の取材すらしなかったのか?
韓国済州島の80~90のご老人「強制連行?聞いたことないよ。
何人も連れてかれたら騒ぎになるよ」
強制連行の発端となった島の証言
【読売】[検証 朝日「慰安婦」報道](1)虚構の「強制連行」拡散[08/28]
朝日は2014年8月5日の特集記事「慰安婦問題を考える」で、吉田証言を虚偽と認め、記事を取り消した。
「強制連行」の最大の根拠が崩れた。
吉田証言から32年間にわたる大量の朝日「慰安婦」報道が、慰安婦の虚構の拡散にどう影響し、日本の名誉と尊厳を
いかに傷つけたのか――。朝日は報道の結果責任について検証することなく、沈黙を続けている。
「強制連行された慰安婦」という虚構の発端となった吉田清治氏(故人)の証言は、妙に生々しい。
1982年9月2日朝日新聞朝刊(大阪本社版)は、韓国・済州島チェジュドで、200人の若い朝鮮人女性を強制連行したとする
吉田氏の証言をこう報じた。
「完全武装の日本兵十人が同行した。集落を見つけると、まず兵士が包囲する。続いて吉田さんの部下九人が一斉に突入する。
若い女性の手をねじあげ路地にひきずり出す。こうして女性たちはつぎつぎにホロのついたトラックに押し込められた」
記事には、吉田氏が3年間で強制連行した朝鮮人慰安婦は950人に上るとも書かれている。
朝日報道で「お墨付き」を得たかのように、吉田氏は83年7月、同様の証言を収めた著書「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」
(三一書房)を出版する。著書は後に韓国語に翻訳され、吉田氏は92年に訪韓して元慰安婦に謝罪もした。次第に「強制連行」
という言葉が広まっていった。
朝日による吉田氏の後押しは続く。
92年1月23日夕刊1面のコラム「窓 論説委員室から」では、証言に踏み切った吉田氏を「腹がすわっている」と評価した。
朝日の読者からは、吉田証言への疑問が寄せられていたようだ。だが、92年3月3日の同コラムは、「知りたくない、
信じたくないことがある。だが、その思いと格闘しないことには、歴史は残せない」と諭すように記している。
ヨミウリ・オンライン 2014年08月28日 09時00分
朝日は2014年8月5日の特集記事「慰安婦問題を考える」で、吉田証言を虚偽と認め、記事を取り消した。
「強制連行」の最大の根拠が崩れた。
吉田証言から32年間にわたる大量の朝日「慰安婦」報道が、慰安婦の虚構の拡散にどう影響し、日本の名誉と尊厳を
いかに傷つけたのか――。朝日は報道の結果責任について検証することなく、沈黙を続けている。
「強制連行された慰安婦」という虚構の発端となった吉田清治氏(故人)の証言は、妙に生々しい。
1982年9月2日朝日新聞朝刊(大阪本社版)は、韓国・済州島チェジュドで、200人の若い朝鮮人女性を強制連行したとする
吉田氏の証言をこう報じた。
「完全武装の日本兵十人が同行した。集落を見つけると、まず兵士が包囲する。続いて吉田さんの部下九人が一斉に突入する。
若い女性の手をねじあげ路地にひきずり出す。こうして女性たちはつぎつぎにホロのついたトラックに押し込められた」
記事には、吉田氏が3年間で強制連行した朝鮮人慰安婦は950人に上るとも書かれている。
朝日報道で「お墨付き」を得たかのように、吉田氏は83年7月、同様の証言を収めた著書「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」
(三一書房)を出版する。著書は後に韓国語に翻訳され、吉田氏は92年に訪韓して元慰安婦に謝罪もした。次第に「強制連行」
という言葉が広まっていった。
朝日による吉田氏の後押しは続く。
92年1月23日夕刊1面のコラム「窓 論説委員室から」では、証言に踏み切った吉田氏を「腹がすわっている」と評価した。
朝日の読者からは、吉田証言への疑問が寄せられていたようだ。だが、92年3月3日の同コラムは、「知りたくない、
信じたくないことがある。だが、その思いと格闘しないことには、歴史は残せない」と諭すように記している。
ヨミウリ・オンライン 2014年08月28日 09時00分
朝日新聞は、どれほど日本の国益に
損害を与えたんだろうか?
必要のない10億円の金を、
追従売春婦に支払おうとしてる、腑抜
けの日本政府にも責任はあるけどね!
腰抜け自民党!
いい加減にしろよ!!
都議会のドン
「五輪道路」受注業者から献金
豊洲新市場に移転した後の築地市場を通る道路・環状2号線の関連工事を、“都議会のドン”内田茂都議(77)の献金企業が複数受注していることがわかった。
環状2号線は、晴海の選手村から新国立競技場を結び、2020年東京五輪のメインストリートとなる予定で、“オリンピック道路”とも言われる。内田氏の地元・千代田区神田から江東区有明まで約14キロの道路だが、約5キロの虎ノ門-豊洲間は長く未開通だった。しかし、東京五輪招致を目指す中、東京都の整備計画を都議会自民党が支援し、虎ノ門-豊洲間の着工が決まった。一昨年には虎ノ門-新橋間が開通し、残るのは新橋-豊洲間の約3.4キロとなった。ただ、この区間は、築地市場の敷地内を通る予定で、移転を急ぐ大きな理由になっている。都庁幹部が解説する。
「内田氏率いる都議会自民党としては、是が非でも2020年の五輪開催までに開通させたい。すでに工事カレンダーはギリギリで、『移転予定日の11月7日は譲れない』と言っていました。虎ノ門-豊洲間の総事業費は約4000億円にのぼり、単純計算で1キロ800億円の超高額道路です。待機児童対策を含む東京都の保育関連予算が年間約970億円ですから、その金額の大きさがわかるでしょう」
内田氏の側近で知られる高島直樹都議も、2014年2月の豊洲市場建設起工式に際して、<環状2号線の完成なくして6年後のオリンピック・パラリンピックの道路アクセスが完成しません。その意味では大きな前進と言えます>(高島氏ホームページより)と述べ、築地移転、環状2号線工事を高く評価していた。
週刊文春は、環状2号線関連工事の受注状況を調査し、8月25日発売号で詳報している。
複数の献金企業が受注していることについて、内田氏は事務所を通じて「政治資金は広く薄く様々な方から浄財を頂き政治活動をしているところであり、その収支は政治資金収支報告書で報告していますのでそちらでご確認ください」とし、寄附が工事の見返りである事実はないと回答した。
小池百合子東京都知事は、リオ五輪から帰国後に、予定通り11月7日に築地市場を移転するのか、判断するとしており、決断が注目される。
環状2号線は、晴海の選手村から新国立競技場を結び、2020年東京五輪のメインストリートとなる予定で、“オリンピック道路”とも言われる。内田氏の地元・千代田区神田から江東区有明まで約14キロの道路だが、約5キロの虎ノ門-豊洲間は長く未開通だった。しかし、東京五輪招致を目指す中、東京都の整備計画を都議会自民党が支援し、虎ノ門-豊洲間の着工が決まった。一昨年には虎ノ門-新橋間が開通し、残るのは新橋-豊洲間の約3.4キロとなった。ただ、この区間は、築地市場の敷地内を通る予定で、移転を急ぐ大きな理由になっている。都庁幹部が解説する。
「内田氏率いる都議会自民党としては、是が非でも2020年の五輪開催までに開通させたい。すでに工事カレンダーはギリギリで、『移転予定日の11月7日は譲れない』と言っていました。虎ノ門-豊洲間の総事業費は約4000億円にのぼり、単純計算で1キロ800億円の超高額道路です。待機児童対策を含む東京都の保育関連予算が年間約970億円ですから、その金額の大きさがわかるでしょう」
内田氏の側近で知られる高島直樹都議も、2014年2月の豊洲市場建設起工式に際して、<環状2号線の完成なくして6年後のオリンピック・パラリンピックの道路アクセスが完成しません。その意味では大きな前進と言えます>(高島氏ホームページより)と述べ、築地移転、環状2号線工事を高く評価していた。
週刊文春は、環状2号線関連工事の受注状況を調査し、8月25日発売号で詳報している。
複数の献金企業が受注していることについて、内田氏は事務所を通じて「政治資金は広く薄く様々な方から浄財を頂き政治活動をしているところであり、その収支は政治資金収支報告書で報告していますのでそちらでご確認ください」とし、寄附が工事の見返りである事実はないと回答した。
小池百合子東京都知事は、リオ五輪から帰国後に、予定通り11月7日に築地市場を移転するのか、判断するとしており、決断が注目される。
【日韓外相会談】元慰安婦問題で、日本、韓国へ
10億円拠出
自民都連の“ドン”内田茂前幹事長パーティーで
「ドン、ドンがんばって」と礼賛
石原伸晃氏は「大きい顔して出てきづらい」
小池知事就任には触れず
内田都議が記念パーティー
小池百合子知事が知事選で「都議会のドン」と呼び、対決姿勢を示している都議7期の内田茂都議が24日、千代田区内のホテルで政治活動40年を記念した政治資金パーティーを開いた。菅義偉官房長官や二階俊博幹事長、細田博之総務会長らも登壇し、内田氏の実績をたたえた。
参加者によると、内田氏は、7月の都知事選で分裂選挙を戦った小池知事の就任には触れず、「2020年東京五輪をバネにしてこそ東京の発展がある。皆さんと一緒に東京の街づくりにいそしんでいきたい」などとあいさつした。
会場には自民党幹部や地方議員、都幹部ら約1200人が集まった。丸川珠代五輪相も登壇し「内田茂先生のオリンピックにかける思いを核に、大会を成功に導こうではありませんか」などと呼びかけ、「これからも私たちを導いていただいきたい」と連携を強調したという。
舛添を、都知事に推薦して尚且つ、
内田茂を応援する自民党!
二階・菅・丸川!
日本国民は、そろそろ怒ってもいいんじゃないの?
内田茂「政治活動40年を祝い励ます会」でリオから帰国の小池都知事を完全無視
【緊急拡散】自民党都連のドン内田茂は「山口組」
の子分だった!!!とんでもない爆弾情報投下
キタ━━━━━━°∀°━━━━━━!!!
【拡散】都議会ドン内田茂は山口組の義兄弟!?
小池百合子都知事イジメが熾烈!
自民党に対するご意見・ご質問をお寄せください。皆さまからのご意見は、党の貴重な資料として参考にさせていただきます。
自由民主党に対するご意見・ご要望をお寄せください。