ルポ漫画「いちえふ」作者
竜田一人さん、原発報道に疑義
『被曝で白血病』はデマ
よくなった部分も伝えて
「原発に対する間違ったイメージが定着してしまうことが怖い」-。東京電力福島第1原子力発電所で作業員として働いた竜田一人(たつた・かずと)さん(50)が描くルポ漫画『いちえふ』(講談社「モーニング」連載)がいったん完結し、10月下旬に第3巻が発売された。事故が起きるまで縁もゆかりもなかった福島を今や「第二の故郷」と呼ぶ竜田さんは、原発に対する報道のあり方にも疑問を投げかける。(戸谷真美)
過去に福島第1原発で働き、その後白血病を発症した当時30代の男性作業員に労災認定。事故後の同原発作業員では初めて-。
このニュースが伝えられたのは、竜田さんの取材日の前日だった。
「こういうことがあると、『原発で被曝(ひばく)して白血病』というのだけが伝えられる。でも、白血病と原発での作業との科学的な因果関係を国が認めたわけじゃない。労働者を守るために、因果関係が立証されなくても、労災を認める基準があるだけなんです。報道でちゃんとそう伝えてくれないと、誤解される」。竜田さんはため息交じりに話す。
『いちえふ(1F)』は、福島第1原発の呼称。地元の人々や作業員たちは同原発をこう呼ぶ。竜田さんは平成24年と26年に延べ1年半、福島第1原発で作業員として働き、そこで見聞きしたことを描くルポ漫画を25年10月から2年間連載し続けてきた。今も1Fで大勢の人が働き、地元の人々は復興に向けた努力を続ける。それを一作業員として見続けてきたからこそ、事実をねじ曲げてまで原発の危険性を主張する風潮には疑問を感じている。
「労災認定」報道に差
今回の労災認定は、原発作業員の白血病に関する基準「年間5ミリシーベルト以上、かつ被曝開始後1年以上経過して発症」を適用したものだ。
この基準は昭和51年11月に公表された。労災請求があった場合、医師らで構成する「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」(非公開)で認定の可否を判断する。
厚生労働省によると、今回労災認定を受けた男性は、23年11月~25年12月までに約1年半、複数の原発で作業に従事。1Fでは24年10月~25年12月の約1年1カ月働き、具体的には原子炉建屋の覆い設置工事や廃棄物焼却設備の設置工事に携わった。累積被曝量は19.8ミリシーベルト、うち15.7ミリシーベルトが1Fでのものだった。同省では今回の労災認定を「補償が欠けることがないよう配慮した。科学的に被曝と発症の因果関係を証明するものではない」と説明している。
だが、報道各社の伝え方は差があった。朝日新聞(10月21日付)は「原発事故への対応に伴う被曝と作業員の疾病に一定の因果関係があるとして労災が認められるのは初めて」と報道。東京新聞(同)は「福島第一での被ばくが白血病の大きな原因になった可能性があると判断した」と伝えた。
竜田さんは「男性には当然労災申請する権利があるし、認められてよかった。でも、こういうことを正確に知らず、『原発で5ミリシーベルト以上浴びれば白血病になる』と勘違いする人もいる。怪しい情報に飛びついて『真実だ』と思われるのが一番困りますよね」
「前進」に目を向けて
『いちえふ』3巻では、1F構内に、すっかりおなじみになった白い防護服ではなく、作業服で出入りできる場所が増えたことも紹介されている。「汚染水の処理にしても、報道では『漏れた』ということだけ言われるでしょ。それは伝えなきゃいけないことだけれど、良くなっていることは伝えられない」
竜田さんは1Fで作業員たちの休憩所の運営や、原子炉建屋での作業用ロボットの搬入作業などに携わった。だが、当時も今も「場所が1Fというだけで、普通の建設現場と変わらない感覚なんです」と話す。
もちろん安全な職場ではないし、問題がないわけでもない。だが、リスクをきちんと管理し、協力して事故の収拾、廃炉に向け日々努力する大勢の作業員たちがいるのも事実だ。
「少しでも前に進んでいる部分に目を向けてほしい。風化するのは仕方ないと思うけれど、原発に関して正確であろう情報に、自分からアクセスしてもらいたい」と竜田さんは言う。
欧州各国でも出版
『いちえふ』はすでに、フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、台湾の各言語版での出版が決まっている。担当編集者の篠原健一郎さんによると、青年漫画でも欧州からこれだけのオファーを受ける作品は珍しく、原発問題に対する欧州各国の関心の高さがうかがえる。
竜田さんは今後も機会があれば1Fで仕事をしたいという。「楢葉町辺りに良い物件があれば、1年の半分くらいは向こうに住みたい。また原発で仕事をしたら漫画を描くつもりなので、まだ達成感はないんです」