無限に拡大解釈できる
中国の「反スパイ法」と
「総体的国家安全観」
異質な国とどう付き合うか?
【石平のChina Watch】
今月11日、日本人女性が「スパイ」の疑いで中国上海で拘束されていることが新たに分かった。今年、中国で同じ容疑で拘束されたり、逮捕されたりした日本人の数はこれで4人となった。かけられた「スパイ容疑」はそれぞれだが、問題はむしろ、今年に入って日本人への「スパイ狩り」が急速に増えた背後に何かあったのか、である。
理由の一つは、昨年11月に中国で「反スパイ法」が成立したことがあろう。
同法のスパイ行為の定義を定めた38条に「(5)その他のスパイ活動を行うこと」があるが、問題はまさにこれだ。この場合の「その他」はまったく無制限なもので、いかなる拡大解釈も許してしまう危険な条文だからである。つまり、中国政府当局が「それがスパイ行為だ」と判定さえすれば、どんなことでも「スパイ行為」だと見なされる可能性がある。
このようないいかげんな「反スパイ法」が出来上がった背景には、習近平国家主席が昨年4月あたりから唱え始めた「総体的国家安全観」というものがある。
昨年4月15日に新設された中国中央国家安全委員会の初会議で、委員会のトップにおさまった習主席は「重要講話」を行い、「総体的国家安全観」という耳新しい概念を持ち出した。
一般的に「国家安全」とは「外部からの軍事的脅威に対する国家の安全」という意味合いで理解されることが多いが、習主席のいう「総体的国家安全」はそれとは異なる。講話は「政治安全、国土安全、軍事安全、経済安全、文化安全、社会安全、科学安全、生態安全、資源安全」などの11項目を羅列し、それらの「安全」をすべて守っていくことが「総体的安全観」の趣旨だと説明した。
つまり習主席からすれば、今の中国は政治と軍事だけでなく、経済・文化・社会・科学などのあらゆる面において「国家の安全」が脅かされているのである。したがって中国は今後、この「あらゆる方面」において国家の安全を守っていかなければならない、というのである。
こうした考え方は、もはや「草木皆兵」のような疑心暗鬼というしかないが、昨年11月に誕生した「反スパイ法」は、まさにこのような疑心暗鬼に基づいて制定された法律だ。それは「スパイ行為」たるものを政治・経済・文化・科学のあらゆる面において拡大解釈した結果、現場の国家安全部は結局、本来なら「スパイ」でも何でもない行為をとにかく「スパイ行為」として取り扱うようになった。
今年に入ってから集中的に拘束されたりした邦人たちは、まさにこのような拡大解釈の「スパイ狩り」の犠牲者だといえなくもないが、問題はこれからだ
「反スパイ法」下では極端な場合、たとえば日本企業が販促のために中国で市場調査を行うような行為も、中国の「経済安全」を脅かす「その他のスパイ行為」だと見なされてしまうかもしれないし、中国に書籍やDVDなどの類を持ち込んだだけで、中国の「文化安全」を脅かす「その他のスパイ行為」として疑われてしまう可能性もあろう。
とにかくこの「反スパイ法」の実施は、中国国内で活動する日本企業の正常な経済活動に支障を来すことは必至であり、日中間の人的交流・文化的交流の妨げになることは明らかだ。
このような状況下では今後、日本企業と普通の日本人はまず、中国とのあらゆる交流は「危険」を伴うものであることをきちんと認識しなければならないし、必要性の低い中国入りは控えた方がよいのかもしれない。そしてこの「反スパイ法」の実施をきっかけに、われわれはもう一度、かの異質な国とどう付き合っていくべきかを考えなければならないのである。
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【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
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