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デモも景気も祭典も「祖国があってこそ」 元小結・舞の海秀平 【天声人語は彼のこれだけの文章を読んで恥ずかしくない? 】

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デモも景気も祭典も

「祖国があってこそ」

元小結・舞の海秀平

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今回はどうしても相撲のことを書く気になれない。
 テレビの天気図には、初めて耳にする線状降水帯が居座っていた。早く太平洋側にそれてくれないかと、手で払いのけたくなる。
 暴れ出した川は堤防を決壊し、民家や田畑を飲み込んでいった。津波よ、雨よ。まだ復興を遂げていない東北を、そして東日本を沈める気か。
 現場には勇敢に自然災害に立ち向かい、次から次に命を救う自衛隊員の姿があった。
 男性がしがみつく電信柱にもう少し踏ん張ってくれと祈る。男女がそれぞれ抱えた2匹の犬には、ヘリコプターに乗り込むまで大人しく抱かれていてくれと手を合わせた。
 強風で苦戦しながらも必死に助け出す隊員を見ていると、
「いとしきニッポン」(石井英夫著、清流出版)の最終章「祖国」で引かれた画家藤田嗣治(つぐはる)のエピソードを思い出した。
 彼は戦時下に戦争画を描いたことで「戦争協力者」として、戦後になって画家仲間からの非難を浴びた。人が無数に重なり合って刺し合ったり打ち合ったりする絵を見たことがある。
 実際は国民の戦意をあおるものではなく、戦争の恐ろしさを伝える、むしろ“反戦画”だったのではないか。

  藤田は追われるように日本を離れ、パリに移住。再び祖国の地を踏むことはなかった。「祖国を捨てたのではない。祖国に捨てられたのだ」と夫人は聞いた。もっとも、繰り返し聞く音楽、普段口にする食事は日本のものばかりだったという。
 のちに手記で戦争にまつわる絵を描いた理由について語っている。
 「この恐ろしい危機に接して、わが国のため、祖国のため子孫のために戦わぬものがあったろうか。平和になってから自分の仕事をすればいい。戦争になったこの際は、自己の職業をよりよく戦争のために努力して然るべきものだと思った」
 言葉を失い、ひれ伏すしかない。
 いま、事が起これば存在自体を“違憲”とされがちな自衛隊に頼るしかなくなる。
災害だけに限ったことではない。有事が起きたとき、海外で同胞が命の危機にあってもこのままでは黙って見ているしかない。
 自衛隊がここまでしてくれたら救えたのにと悔やむのか、自衛隊がここまでしてくれたからこそ救えたと感謝するのか。
 デモで声を張り上げるのも、景気対策も、スポーツの祭典も「全ては祖国があってこそ」。

 藤田はこうも語っている。「何んとでも口は重宝に理屈をつけるが、真の愛情も真の熱情も無い者に何ができるものか」と。

(元小結 舞の海秀平)
ソース: http://www.sankei.com/sports/news/150919/spo1509190035-n1.html 

 天声人語は舞の海の爪の垢でも

飲んで勉強したら?






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