普天間基地周辺この記事は
巧妙な言葉のトリックがあるのが
お分かりだろうか?
普天間基地移設問題に必ず取りざたされていることの一つが、
「住宅・人口密集地に基地がある」というお馴染みのフレーズだ。
これが↓大嘘なのは周知の通りだ。
写真検証すればすぐわかる
【琉球新報】の嘘
>基地被害に関して「基地建設後に住民が周辺に住み着いた」
との米国関係者らの主張にも一石を投じそうだ。
・・・なのだ?
【琉球新報】
米軍、1943年に普天間飛行場検討 沖縄戦の1年半前
【ワシントン=島袋良太本紙特派員】沖縄戦が始まる1年半前の1943年10月の段階で、米軍が沖縄本島を占領した上で、現在の嘉手納基地、普天間飛行場、那覇空港と同じか極めて近い場所に滑走路建設を検討していたことが、米機密文書で分かった。
一方、44年7月の別の機密文書によると、滑走路建設を計画していた中南部が人口密集地であることを把握していた。
基地被害に関して「基地建設後に住民が周辺に住み着いた」との米国関係者らの主張にも一石を投じそうだ。さらに戦争中の民間地奪取を禁じたハーグ陸戦条約を無視して滑走路建設が検討された可能性を示す文書もある。
<中略>
本島中南部が人口密集地だと言及していたのは、当時最高機密扱いだった文書「琉球諸島の制圧計画」(44年7月18日付)。沖縄島の状況説明で「人口の大部分は島の南半分の市や町、農村に集中している」と分析している。
一方、別の米機密文書「琉球諸島の制圧」(43年11月18日付)は、米海軍地理事務所の分析として、望ましい建設候補地を(1)豊見城市嘉数(2)同市伊良波(3)宜野湾市志真志-の土地を座標で示して列挙。いずれも現在の那覇空港と普天間飛行場から数キロの地点となっている。同文書はこの3地点は「サトウキビ畑」とも記しており、ハーグ陸戦条約を無視して滑走路建設が検討された可能性が高い。「那覇には大きな航空基地もある」と、日本軍の小禄飛行場(現那覇空港)の位置も示した。
<後略>
本島中南部が人口密集地だと言及していたのは、当時最高機密扱いだった文書「琉球諸島の制圧計画」(44年7月18日付)。沖縄島の状況説明で「人口の大部分は島の南半分の市や町、農村に集中している」と分析している。
一方、別の米機密文書「琉球諸島の制圧」(43年11月18日付)は、米海軍地理事務所の分析として、望ましい建設候補地を(1)豊見城市嘉数(2)同市伊良波(3)宜野湾市志真志-の土地を座標で示して列挙。いずれも現在の那覇空港と普天間飛行場から数キロの地点となっている。同文書はこの3地点は「サトウキビ畑」とも記しており、ハーグ陸戦条約を無視して滑走路建設が検討された可能性が高い。「那覇には大きな航空基地もある」と、日本軍の小禄飛行場(現那覇空港)の位置も示した。
<後略>
<用語>沖縄戦と基地建設
沖縄戦については、今回の滑走路建設計画を示した文書作成から約1年後の1944年10月3日に、米統合参謀本部が沖縄侵攻を正式に決定した。45年1月6日にはそれを具体化した「アイスバーグ作戦」がまとまった。実際の普天間飛行場は、45年4月の米軍上陸後に建設された。当初は43年10月の計画より短い7900フィート(約2400メートル)の滑走路で、53年に9千フィート(約2700メートル)に拡張された。嘉手納基地は日本軍の中飛行場、那覇空港は日本軍の小禄飛行場をそれぞれ米軍が拡張した。
琉球新報 2015年1月4日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-236795-storytopic-3.html
この記事は巧妙な言葉のトリックが
普天間基地移設問題に必ず
「住宅・人口密集地に基地がある」という
これが大嘘なのは周知の通りだ。
元々普天間周辺は田畑が主であって
戦後基地が建設されて以降、住宅も増えて
この記事は米軍の機密文書「琉球諸島の制圧」の記述から、
「沖縄中南部は人口密集地」だったという記述を引用して、
あたかも、
普天間基地周辺も
当時の航空写真を見てみたら・・・
1945年の終戦当時の普天間基地にあたる地域
沖縄戦の最中に基地建設が始まっていることがわかる。
元々普天間は田畑が多い土地で住宅地ではなかった。
1970年当時の普天間基地周辺
基地周辺には住宅が増えているが、まだ田畑も多くしめている。
黒塗りされているのは冷戦時代は基地が軍事機密だったから。
2005年の普天間基地周辺
現在はしっかりと住宅密集地になっていることがわかる。
>基地被害に関して「基地建設後に住民が周辺に住み着いた」
との米国関係者らの主張にも一石を投じそうだ。
・・・なのだ?
ソース: http://ryotaroneko.ti-da.net/e7132335.html
>沖縄島の状況説明で「人口の大部分は島の南半分の市や町、農村に集中している」と分析している。
沖縄中南部は歴史的にも中山、南山が覇権を競った土地であり、
かつての首里王府があり、廃藩置県後は沖縄県庁が設置されて、
今も昔も人口は多かった地域であるのは事実だ。
しかし米軍機密文書「琉球諸島の制圧」には・・・
普天間基地周辺が人口密集地だった、
・・・とはどこにも書いていないですね?
さらに現在の中南部のような人口密集地のような印象は間違っている。
1950年度の国勢調査でも沖縄県は離島も含めて70万人弱である。
戦没者と復員者の数を計算に入れても現在140万人の半分程度である。
さらに近年は地方の過疎化、都市部の密集地化が進んでおり、
戦前の人口密集地とはかなり印象が異なることも念頭にいれるべきだ。
つまり・・・
人口密集地というと現在の中南部を連想しやすい
ことも、この記事の県民の基地反対の世論誘導を狙ったものであろう。
こういう悪質な印象操作が売国マスゴミの常套手段だ。
これは世論調査やアンケート調査にも同じ傾向がある。
どこでもそうだが、基地に限らず大きな公共施設ができれば、
経済効果を求めて人が集まり、町ができるのは普通のことだ。
これは経済学のド素人の私でも理解できる。
このことは過疎地に工場とかアミューズメント施設、大学などができれば
雇用や消費を拡大させることからも、同じことが言えるだろう。
そういえば、大学といえば・・・
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2004年にヘリコプターが墜落した沖縄国際大学などは、
普天間基地できたずっと後の1972年に基地の隣に創設されたが、
普天間の飛行機騒音やら何やらで基地周辺対策費が適用され、
電気代や防音サッシなどが殆どタダ、国民の税金で払われている。
だから沖縄国際大学が基地の被害云々・・・という資格はないのだ。
そもそも学問研究と学習の場なのに、騒音付の「世界一危険な土地」に、
なぜわざわざ大学を建設したのだろうか?
軍用地主の年々あがる借地料と同じで、
基地対策費目当てと思われても仕方あるまい、
こんな場所に大学を建てた創始者の見識を疑う。
2004年のヘリ墜落事故で損害補填のために
1億4000万円もの被害弁済金を沖国大は受け取った。
この写真はその金額に相当する被害だというが、
基地の傍ならこういう事故も想定されていたはずだが・・・
沖縄国際大学に限らず、普天間基地に落ちる金や優遇措置で、
これが生活の糧だったり、基地のお陰で生活できる住民は少なくない。
そして・・・
反基地運動をするマスゴミの報道も、
常に疑いの目で読まなければならない。
朝日・毎日新聞に限らず、北は北海道新聞から中央の東京新聞、神奈川新聞、
中部の信濃毎日、中京新聞、関西の京都新聞に神戸新聞、広島の中国新聞に、
九州沖縄の西日本新聞や沖縄タイムス・琉球新報までみ~んなこんな調子だwww
マスゴミは必ずしも事実を報道しない!
管理人注 : 那覇市役所こんなに立派になったのか!
30年前に通ったときは村役場みたいな小学校みたいな建物だった。
みんな国からの交付金だな。交付金はまず自分達と公務員の給料上げに使われる。
という革新市政のいつもの例ですな。
普天間基地移設に関して,身近な場所に沖縄島を移動させ,大きさを比較してみる
東京都 当然人口密集は世界有数だ。
都内8箇所の米軍基地マップ
ニューサンノー(山王)の高級米国宿舎エリアもかなりでかい。六本木一帯を超える。
また、これには、旧麻布連隊跡の丸々米軍敷地(未返還)は書かれていないな。
横田基地周辺住民は何も言わない
神奈川の米軍基地
http://www.youtube.com/watch?v=yu1_dnA8Kbk
【上念司】沖縄辺野古埋め立て反対派の不都合な真実 http://blogs.yahoo.co.jp/stttkto/38060332.html
2014/1/1(水) 上念司さんが、沖縄辺野古埋め立て反対派の不都合な真実について語っています。
沖縄普天間基地移設問題で、辺野古埋め立てが承認されましたが、反対派はかなりきな臭 いです。
中国の侵略が激化している中で、沖縄の米軍基地撤去というトンデモないことを言い出し 、米軍基地の負担率も7割と言われていますが、是国的に見ると実際は2割程度とのこと 。
反対派は沖縄県民ではなく、全国から来ている方たちが多く、そんな人がわざわざ沖縄ま で来て反対活動をするのもきな臭いです。